気分の波でサーフィンしようよ

気分の上下を乗りこなすための奮闘記と、カウンセリングの記録が主です。思いつくままに書いてるので文章がめちゃくちゃなことがよくあります。twitter→@gake_hake

気分の激しい上下は、躁うつ病か性格か。

私の性格は両極端だ。極端な暗さと極端な明るさの中を行ったり来たりしている。友達のひとりは、そんな私を羨ましいと言った。しかし私はそんな私に振り回されて苦しい思いをするのは嫌だとおもった。

精神科にかかり過去の自分の行動についてぽつぽつと思い出していく中で、ふと、私は小学生の頃から明るさと暗さの中を行ったり来たりしていたなあと気づいた。大勢でわいわいしていたかと思ったら一人ぽつんと誰とも話さずに自分のカラに閉じこもっている。特段きっかけがあった訳では無い。きっかけ無しの気分の上下は私にとってごく当たり前の事だった。周りの友達もそんな私を否定するわけでもなく戻ってくれば仲良くしてくれたし、学校は別に暗い気持ちでいたって勝手に前に進んでくれるので何ら問題はなかった。

 そんな私の「性格」が苦難の原因の1つとして自分に降り掛かって来たのは、すべてを自分の責任で人生を進めていかないといけない大学生になってからの事だ。

なんだか元気が出ない、逆にとても元気。その気分の行き来は私の生活の邪魔になった。大学に入った頃、沢山の人に声を掛けて、飲み会も積極的に参加した。サークルもしっかりやって、勉強もそこそここなした。教授達ともよく話し、とても毎日が楽しかった。充実していた。…夏が過ぎるまでは。

後期、授業に出る気が無くなった。休みがちになり、単位は落とし、前期に話しかけまくった友達とは殆ど連絡先を切ってしまった。サークルもやめ、ひたすら家のベッドの上にいた。私は上から下に落ちた。落ちたまま上がれなくなってしまったようだった。とはいえ、ご飯は食べられていたし、彼氏とは出かけていたので、なんでこんな自分になってしまったのか苦悩する反面、「まぁ疲れちゃったんだろうなぁ」くらいに思っていた。そのままダラダラと過ごし年が明け、二年生になり、その頃には私はまた元気な状態になって。入学当時の意気揚々さを取り戻し、明るさ100点満点、「よし、元気が出たしまたやり直すぞ!!」と、学校に通っていた。

その年、私はまた後期になると大学を休みがちになる。その次の年も。前期パワフル、後期はダメダメの状態を繰り返した。

…そして今、私は下がった中にいる。「下」の状態は年々ひどくなって来ているようで、今回は自傷行為に加えて初めて自殺企図と呼ばれるような行為をした。楽々乗り越えられると思っていた課題は難しすぎる課題に見え、自分に課したノルマは何故こんなものをと思えるくらい重い。夏には出来ると自信満々に思っていたくせに、日々をマトモにこなせない自分に対して攻撃的になる。

今までの経験から、また動けなくなるのかもしれないとは予想していた。怠け者の何も出来ない自分がおそらくまたやってくる。それにのっかって何も出来ないのは避けたかった。だから、そんな状態になってもなんとか最低限はこなそうと決め、どんどん自信とやる気が無くなって行く中でも、これはすると決めたことはちゃんとして、たまに出来ないことがあっても自分を責めるのは避けたりした。変わりたかった。変えたかった。何としても、「気持ちが続かない自分」でいることを辞めたかった。でも、なんとかこなしている日々のクオリティはどんどんと下がっていき、やがて睡眠がちゃんと取れなくなった。疲れていても眠れない。精神はどんどん不安定になり、ついに自殺を考え、方法を調べてあまり怖くない方法で試みた。

何故だろう。何故なんだろうか。私は自分を変えるために努力したと思ってるだけだったのだろうか。人が変わったように何も出来なくなっていく自分を変えられなかったのは自分のせいなんだろうか。いや、変えられないのは分かっていたんだ。だからこそ、下がったままの自分でもなんとか前に進める様に頑張ったはずなのに、何なのだろう、この日々の苦しさは。前に進もうともがいても身体に重石が乗っているようにうまく動かない。これは私の我慢が足りないのだろうか。目的意識が低いからなんだろうか。好きなものがないからなんだろうか。嫌になる、嫌になった。

私はもう自分の気分に振り回されたくはない。自分でコントロール出来ない気分の波にさらわれて、溺れ苦しみたくはない。1歩も動きたくない。もうなにもしたくない。

疲れてしまった。

 

躁うつ病という疾患を知ってから、わあ私そんな感じするなぁと思ったけど、それは医師が決めることであるから私が考えても意味が無いことだよなぁ。