気分の波でサーフィンしようよ

気分の上下を乗りこなすための奮闘記と、カウンセリングの記録が主です。思いつくままに書いてるので文章がめちゃくちゃなことがよくあります。twitter→@gake_hake

可愛いと伝えて、ニコニコしながら帰った日

自分でもちょっと引くようなお話なんだけどね。

カウンセラーに、先生は可愛い可愛いとなんども言ってきた。顔がね!顔が。とても好みで、はばひろなふたえや、顔の骨格がめちゃくちゃ好みなんだよと。

でもそれだけじゃないこと伝えられなかった。動作とか、言うこととか総合して可愛いのだと。今度あった時にまた言おう。

 

いやね、そんな可愛いなんて伝えたって意味無いじゃないなんて思うでしょ?でも私にとってはこれすっごく大きな変化なのですよ。好意を伝えるということ。

大切な人はいつまでも自分のそばにいてくれる訳じゃない。昨日まで元気でも明日死んでしまうかもしれないし、居なくなって会えなくなって、そうなった時「あの時思ったことちゃんと伝えておけばよかった」だなんて思いたくない。

私は一時期、人に好意を表明することが怖くてたまらなかった。言ってしまって酷い目にあったからなのだけど、その傷付きよりもっと、好きな人に「好きだ」と今言えるうちに言わなければ、という思いの方が強くなったんだと思う。あと、カウンセラーの言葉を借りるなら、もうあの過去は手放してもいいと思えたんじゃないのかなと、そういう。

好意を表明したあとの恐怖感はなりを潜めている。相手はもう100かい以上も話して信頼しているカウンセラーだからかもしれないけど、前の時は伝えたあとぐわわと襲ってきたものが全くやって来なくて、ただただ「あー、伝えてよかったなー」と思いながら家へ帰った。

カウンセリングのさいごに「先生かわいい」と伝え始めてからしばらく経つ。あなたに会えるだけで私は癒されますと。その分離れるのは怖いのだけど、先生は死んでしまう訳では無いし、だから生きてることが知りたいから論文書いてくださいって言ったんだけど、働きながら論文書くのって難しくて…と言っていたから、読むのは難しいかもしれないね。

でも、いまはciniiという便利なものがあって、そこにカウンセラーが前書いた論文が上がっているので、それでも読んでこの日々を思い出せたらいいなと思う。

ここまで読んで、カウンセラーに執着しすぎだろと思う人もいるかもしれないが、そうではない。私は誰に対してもそうだから。好きな人は沢山いるし、その人たちに好意を表明することは私にとっては当たり前のことなんだ。それが自然。それが私の幸せを生む。

好きだったら好きって言お。もしかしたらその人は明日いなくなるかもしれない。後悔する前に。