気分の波でサーフィンしようよ

気分の上下を乗りこなすための奮闘記と、カウンセリングの記録が主です。思いつくままに書いてるので文章がめちゃくちゃなことがよくあります。twitter→@gake_hake

カウンセリングの記録(20170313)

言葉になっているということはそんなに大切なことなのだろうか。

昨日のカウンセリングで、

「この間まではすぐ行動に移してしまっていた死にたい気持ちを、ちゃんと言葉にできるようになってきたね。」

と言われた。

「だからなんだ。」

と頭の中で吐き捨てた直後に、あ、これは前にも何度か言われたことがあるな、と。

ということは、私はまたおなじところにもどって来てしまったのか?もやもや。確かに、これは前も考えていた事だというきはする。どこがどう同じなのかは分からないけれど、また同じ問にぶつかっている感覚。嫌だなぁ。

彼女は繰り返し、「ばっけさんはちゃんと進んでいるよ」と言う。でも私自身は全然そんな感じはしないし、その証拠にしにたい気持ちは姿を変えずに私の中にある。

もし、彼女が言うことが本当ならば、私は螺旋階段を登っていることになる。何度も同じところに、繰り返し繰り返し来ているようにみえて、実は少しづつ上に進んでいるような。

そんな。

「同じ問にぶつかっている」と気づいた時、なんだかハッとする。それは螺旋階段を登る私を真上から見てばかりいた私が、横から、上に上がりつつある私を見ることが出来た証拠なのかもしれない。

私は鈍足なので、一歩上がるのに長く、とても長く時間がかかっている。ここから出口までどれくらいなのか分からないけれど、ここまで来るのにもかなりの時間がかかった。カウンセラーさんにもかなり長いこと付き合ってもらっている。彼女と一緒にいるあと少し間に、私はどれだけ上に歩みを進めていけるだろうか。

 

…と、ここまで書いて、やっぱり私は彼女をとても信頼しているのだなあということに気づいた。信頼感には揺らぎがあって絶対的なものでは無いけれど、「私はとても泣きやすいんだ」と言う彼女が見せる私と向き合う目線の真剣さは、私を時たま強く、そしてあたたかく上に引き上げる。

「先生は私に死んで欲しくない?」という私の問いかけに、

「あったりまえでしょ!」と勢いよく答えた彼女をみて、なんだか笑ってしまった。

当たり前なんだなぁとしみじみと思った。