気分の波でサーフィンしようよ

気分の上下を乗りこなすための奮闘記と、カウンセリングの記録が主です。思いつくままに書いてるので文章がめちゃくちゃなことがよくあります。twitter→@gake_hake

感謝を伝えたあとの恐怖は自分で自分を信じることができていないから。

強い強い感謝を表明したあと、とてつもない怖さに襲われる。たとえ肯定的なレスポンスを相手から貰ったとしても。

感謝を表明する事は、相手に対する好意や信頼を表明することと同等の行為だ。そんな個人的な感情を相手にひけらかすのは恐ろしい。

おそらくこんな面倒なことを思ってしまうのは、過去にそういった表明をしたせいでのけ者にされる経験をしたからだろうな。

でも、過去は過去だ。そして、私が感謝を伝えた相手は過去に傷つけられた相手とは違う人間だし、私の表明の仕方だって変ではなかったはずだ。

前の日記のことを言っているのだけどね。

 

昨日感謝を伝えた時、カウンセラーは泣いていた。嬉し泣きだ!とその時思ったのだけど、思えたのはその時だけ。あー、なんで実際会っている時しか相手からの感情を信じることが出来ないのかなーって。昨晩、外をぶらぶら歩きながら考えていたのだけど、立ち止まり立ち止まり思惑しながら思ったのは、多分、これは私の中の問題なんだと。

彼女は、カウンセラーとしての範囲内で、私からの信頼を獲得するための全ての行動をしているだろう。意識的にも無意識的にも。

私はそれをちゃんと分かってる。彼女が私に直接働きかけることができるのは、カウンセリングルームの、あの中だけだ。部屋から1歩でたら私を支えるのは私だ。彼女が支えてくれている、助けてくれている、彼女は信頼に足る人間であると、思うのは私である。

とどのつまり、私は、「彼女を信頼している私」を信頼できていないのだろう。だから、会って、実際支えられている時しか彼女の事を信頼できないのだ。

人を信じるって、自分の判断を信じるってことなのかもしれない。相手を信じるというより、相手を信じている私を信じるのだ。

そうしないと、いくら彼女が色んなことをしてくれたって、なんの意味もないだろう。

 

私は、カウンセラーを信じている私を信じたい。

そんなことを考えていたら、もやもやと心を覆っていた雲がなんとなく消えたような気持ちになった。